近年、高校を卒業してすぐにヨーロッパへ渡る選手が増えている。

海外でプロ生活をスタートさせることの苦労は色々あるに違いない。しかし、早く挑戦することのメリットも間違いなくあるだろう。

そんな“高卒海外組”の草分け的存在と言えるのが現在、横浜FCに所属する伊藤翔だ。

2007年に中京大中京高校を卒業後、フランスのグルノーブルへ加入。高校時代から「和製アンリ」と呼ばれていたこともありその挑戦は大いに注目された。

2010年に帰国し、清水エスパルスと契約。その後、横浜F・マリノス、鹿島アントラーズを経て、2021年からは横浜FCでプレーしている(※2021シーズン後半は松本山雅FCへ期限付き移籍)。

そこでQolyは、J1昇格争いを繰り広げる横浜FCで小川航基に次ぐ6ゴールを記録している34歳のストライカーを直撃!海外挑戦や日本でのプロ生活などいろいろ聞いてみた。記事ではその一部を紹介。

(取材日:2022年8月24日)

――(前略)伊藤翔選手といえば高校時代、アーセナルの練習に参加して話題になりました。きっかけは何だったのですか?

このきっかけというのはなかなか…僕もよく分からなかったんですけど。とりあえず高校の監督に「行ってこい」と言われて(笑)。

代理人と「海外のアーセナルとグルノーブルの練習に行く」という話にもうなっていて、「一回練習に行ってこい」と言われました。「どこですか?」と聞いたら「海外だ」「海外ですか!?」みたいな(笑)。

高校時代なんて、分からないじゃないですか。「じゃあとりあえずちょっと行ってきます」と言って、夏休みに行かせてもらいました。

当時はJリーグの色々なチームに練習参加をさせてもらったりしていました。学校に朝着いたら監督から連絡が来て、「今から練習へ行ってこい」と、名古屋グランパスの練習へ行ったりはしていたんです。僕は名古屋の高校だったので。「あ、今日学校じゃないんだ俺」みたいなのは結構ありました。

――中京大中京の後輩である宮市亮選手ものちにアーセナルへ加入しています。

中京大中京の当時の監督はグランパスからの派遣というか「教師」ではなかったんです。

当時の監督は、(アーセン・)ヴェンゲルさんがグランパスで監督をやっていたじゃないですか。その時にコーチを務めていた方でした。それでヴェンゲルさんにツテがあって、そういう絡みもあって「行ってこい」という話でした。

これを最初に言ったほうがよかったですね(笑)。