北大西洋にぽつりと浮かぶ小国、アイスランド。その孤島のプライドを、15年間1人で背負い続けてきた男がいる。
数々のタイトルを獲得したクラブキャリアとは対照的に、順風満帆なものでは決してなかった代表キャリア。これまでに参加した主要国際大会の予選では全て敗退に終わっている。
それだけに、この試合に懸ける思いは人一倍強かったのだろう。試合後、35歳になったその男は、神妙な面持ちでカメラの前へと現れた。
日本時間20日早朝、2014年W杯欧州予選プレーオフ2ndレグが各地で行われ、クロアチアがホームでアイスランドを2-0で破り、2大会ぶり4度目となるW杯出場を決めた。
1stレグを0-0と分け、2ndレグに十分な期待を残したアイスランドだったが、夢にまで見たW杯出場という偉業を達成することはできなかった。チームは再び、3年後の欧州選手権出場を目指すことになる。
そして、この夢の舞台へのラストチャンスとして挑んだのが同国代表のエース、エイドゥル・グジョンセンである。35歳のグジョンセンは現在ベルギーのクラブ、クルブ・ブルッヘに所属しており、1stレグでも相変わらずのボールタッチを見せていた。
そんなグジョンセンは試合後、淡々とインタビュアーからの取材に応じている。さすがに酸いも甘いも噛み分けた熟練の選手である。表情に綻びは一切なかった。
悔しさを静かに噛み殺していた―、そう表現するのがちょうどいいだろう。
そんなグジョンセンの表情に変化が生じたのは、インタビュアーからこんな質問が飛んだ時だった。
「1996年から代表チームでプレーし、あなたは私たちに偉大な記憶を与えてくれました。あなたの未来はこの国とともにありますか?」
グジョンセンは硬直した。そして天を仰ぎ始めた。さらに次の瞬間、グジョンセンの目元に何かが光った。
それでもなお、グジョンセンは声にすることができない。グジョンセンが言葉を発したのは、インタビュアーの質問からなんと20秒も経過した後のことだった。
「この試合がアイスランド代表での最後の試合だと決めていたんだ」
グジョンセンは静かに、代表引退を宣言した。
ひょっとすると、W杯出場という夢が叶わなかったこと以上に、代表引退を告げることの方が彼の心を締め付けたのかもしれない。それほどまでに、彼はこの国の期待と誇りを胸に戦い続けていたのだろう。
質問を終えると、インタビュアーはグジョンセンを抱き抱えた。その姿は、まるで国民を代表して賛辞を送っていたかのようであった。グジョンセンもまたそれ応え、ロッカールームへと静かに下がって行ったのだった。
代表通算79試合24得点。同国代表最多得点記録保持者、アイドゥル・グジョンセン。今ここに、1人の男の夢への挑戦が終わった。