フットボールには相手がいる、ということを我々は時に失念しがちである。だからこそ、フットボールにおいて「相手目線で考察する」ということは大きな意味を持つのだろう。恐らく多くのライターが、欧州遠征における日本代表について既に語ることは残っていないほどに考察を重ね、それを評価する段階に入っていることだろう。ここで、日本代表の話をしても、それはそれで星の数ほどある記事に埋もれてしまうように思えて仕方がない。なので、今回はベルギー代表の目指してきた形を考察することを通して、彼らにとって日本代表との試合がどのような意味を持つものだったのかを考えていきたい。そして、同時にそれは日本を客観的に捉え直すことにもなるだろう。

FIFAランキング5位というのを強調するのは少しやり過ぎな気もするが、ベルギーの「国を通しての10年にも及ぶ組織的な育成システムの確立」がここに来て数多くの若い才能を芽吹かせつつあることにも疑いの余地はない。特に、個の能力で打開出来るアタッカーやテクニカルなDFの存在がベルギーという国の新しい特徴となりつつある。2002年、日本代表と死闘を繰り広げた際には、ベルギーの「強く」「堅い」守備と、一気果敢な速攻が注目されていたが、10年の月日を経たことによって彼らはより「攻撃的」なチームへと変貌を遂げていたのだ。ある意味で10年の月日がお互いに何をもたらしたのか、そういった視点からもゲームを観ることは可能だったのかもしれない。「黄金世代」が大きな期待を集める中、本拠地のスタジアムは見事に赤一色に染まっていた。

ベルギーの攻撃における狙い

さて、試合に移って行こう。一つ重要な要素として考えられるのが、前線の柱として活躍するクリスティアン・ベンテケの不在である。イングランド・プレミアリーグで数多くのビッククラブからも注目を集めるこのセンターフォワードは、チームメイトから「生肉を主食としているのかと思った」とからかわれるほどに強烈なフィジカルを持つ。とはいえ、彼のプレーを他の大型センターフォワードと区別し、特徴づけているのはどちらかというとパワーを生かしながらのテクニカルなプレーで味方を生かしていくことであり、彼がいればもう少しベルギーは「組織的」な崩しが行えたという側面はあるだろう。日本戦での彼らの攻撃戦術はシンプルだった。

CFに今回はエバートンで現在プレーするルカクを起用したベルギーは、シンプルにセンターフォワードを左サイドに流す。そしてセンターバックを彼が釣り出したところで、一気にサイドから突破を仕掛けていくか、もしくはトップ下としてプレーするアザールを使っていく。このアザールは、香川と比較されたこともあるほどに注目を集めるアタッカーで、特にボールを持った時のドリブルで輝くタイプとして知られている。CFが空けたスペースに彼が仕掛けるプレーをチームとして志向していきたいように見えたのは、やはりチームの中で最も彼の攻撃力を信頼しているからだろう。実際日本代表も数人で対応しようとしたが、なかなか彼からはボールを奪えなかった。

belgium-vs-japan

このシンプルな形に加え、ドリブルが捕まってしまって手詰まりになった時にアザールの能力を生かしつつ攻めるパターンがいくつか存在していることにも触れていかなければならない。この試合では、右サイドに流れていく傾向があったアザールの足を止められた際、1つのパターンはカットインを得意とするミララスにボールを渡していくことだ。ここでカットインを仕掛けるか、縦に突破を図ることで右サイドを攻略する。そしてもう1つは、距離的に離れたことで相手DFがカバーしづらいルカクにボールを預けていくことである。ここで、センターフォワードの1対1なら高い確率で勝てる。そういった前提があるからこその戦術であることは容易に想像できるだろう。

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更に彼らはもう1つ手を用意していたが、それは結局上手くいかないまま終わってしまった。1つの原因としては、日本が守備において「強豪国用」の守り方をしてきた事にある。これは山口蛍の起用によって可能になった1つの武器で、山口と長谷部という2人の「低い位置でも守れるMF」をDFラインに入れていくことで強烈なアタッカーと1対1の状況を作らせにくいようにするというものだ。例えば右寄りの中央でアザールがボールを持った場合、山口がDFラインに入ることで森重との1対1を避け、更にルカクにボールが入った際にもCBが2人で対処することが可能となる。更に、前からの組織的な追い込みによってなかなかカウンターも重要な局面ではやらせて貰えない上に、日本のハードワークによってなかなか1対1の局面を作れない。

このような守備をされてしまった事で、ベルギーは更に何か工夫をする必要が出てきた。本来はこのように後ろに重心を置かれた場合、本来はボランチとしてプレーするヴィツェルにオーバーラップをさせることによって、手薄になった中盤を攻略することが彼らの狙いだったはずである。しかし、ここで問題になったのはベンテケの不在だった。

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何度か攻撃に工夫をしようとヴィツェルが前線に駆け上がってくる場面が見られたものの、そこに効果的なボールが入ることはなかった。そこでやはり大きな問題となったのは、ルカクの周りを使う能力であったように思えてならない。ルカクの能力は勿論抜群に高いものの、それはどちらかといえばセンタリングなどで生きるものであって、もしルカクに全てを託すのであればもう少しサイドからの攻撃に力を入れるべきだったはずだ。しかしベルギーはそれでもアザールの攻撃力を生かしながら「理想の形」を目指すことを優先した。日本代表に対する目先の勝利というよりも、「自分たちが思い描いた形」で相手を圧倒することを目指したのである。

しかし、それが非常に悪い方向に転ぶ。1対1のタイスコアで前半が終了すると、トップ下のアザールに代えてフェライニを投入。マンチェスターユナイテッドに移籍したことで、香川のライバルとして知られるようになった屈強なMFを入れた狙いは、前線にフィジカルの強い2人を並べることによってCBをくぎ付けにし、「デンベレやヴィツェルの飛び出しを生かす」ことだったはずだ。つまり、結局上手くいかなかった前半の狙いを継続する方向で考えたのである。だが、この交代は完全に悪手だった。アザール不在で、ある程度機能していたカウンターはその機能を失い、ルカクはやることがわからないかのように前線で彷徨うことに。フェライニが低い位置でのプレーを好むことから低い位置に戻ることによってルカクは孤立、更に守備面でも大きな悪影響をもたらした。フェライニの投入と、攻撃的に振る舞う意識によりボランチ2枚の守備意識が明らかに低下。フェライニも下がるそぶりは見せたものの、献身的に相手アタッカーを捕まえるというほどではなかったことから、中途半端に手薄になった部分を「香川、本田、柿谷、岡崎」といった日本が誇るアタッカー陣が蹂躙。ただでさえ、DFリーダーとしても知られるコンパニ不在の守備陣は、細かい動きでエリアを飛び回る小柄な日本人に手を焼き、最終的には釣り出されて自ら道を空けるように2度のゴールを許してしまった。なんとか力押しで1点を返すものの、時既に遅し。結果的に敗北してしまったのである。

試合から見る両チームの特徴と課題

この試合はベルギーにとって大きな課題となったはずだ。チームとして組織的に振る舞える相手を前にした際、若いチームは全てにおいて迷いを見せる。攻撃と守備の核が不在だったことで、その迷いは伝染するようにチームに蔓延した。後半の攻撃面における失速が守備面でも悪影響をもたらしてしまったように、このチームと個々のプレイヤーは恐らくまだ「試合の中で修正が出来る」レベルには洗練されていない。前半のテンションが高い時間帯を耐えきった日本にとって、最早後半のベルギーはそこまで怖いチームではなくなってしまっていたのだ。とはいえ、恐らく彼らは日本以上に「大物喰い」をしていく可能性は高いチームだとも言えるだろう。今回のように選択肢が多く、それを適切に吟味しながら進めるような試合よりも、「シンプルにやることは決まっている」強豪との試合においてその個々のクオリティを見せるはずだ。ある意味でそこは日本にも通じるところがあり、お互いに「中堅」の壁を破る上で恐らく絶対に越えなければならない壁であると言えるだろう。

最後に日本代表について言及しておこう。ベルギー目線から見れば、日本代表は「勝負所を理解した大人なチーム」に見えるかもしれない。だが実のところ、日本には選択肢がそれしかなかったことも付け加えておく必要がある。ザッケローニは「試合の流れに合わせて柔軟にプランを変更した」訳ではなく、あくまで「強豪国用にあらかじめ用意した」プランに従っただけだ。それでも、しっかりと相手の強烈なアタッカー陣を抑え込んだ献身的な守備は流石だったし、「勝負所さえ誤らなければ」強豪からゴールを奪い去れる攻撃陣の存在も今後に期待が持てる材料ではあるだろう。しかし、ベルギーのミスによって「今回は上手く試合が転んだ」からこそプランが成功したという見方も出来るはずだ。プランを実行出来るチームになったことは評価するべきだが、そのプラン自体については上手くいきすぎたような印象も拭えない。ベルギーと日本、もしかしたらブラジルの地に旋風を起こすのは、このどちらかのチームなのかもしれない。お互いにそれだけの成長を遂げたことを喜ぶと共に、期待を込めてこの文章を締めくくることにしよう。


筆者名:結城 康平

プロフィール:「フットボールの試合を色んな角度から切り取って、様々な形にして組み合わせながら1つの作品にしていくことを目指す。形にこだわらず、わかりやすく、最後まで読んでもらえるような、見てない試合を是非再放送で見たいって思っていただけるような文章が書けるように日々研鑽中」
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