「研究者」田嶋と「生え抜き」インファンティーノ

前掛かりの東大に対し、サッカー界の方でもこの流れを理解できる2人のトップがいました。

副会長として臨んだ今年1月31日のJFA会長選で勝利した田嶋幸三は詳細な選挙公約を掲げ、「育成日本復活」のスローガンによる若年層の強化を柱に、サッカー界内部の隅々まで目配りを効かせた振興策を出していました。なので、私はこのQolyのコラムで「システムの構築者」という呼び方をさせてもらいました。

まだ25歳で現役引退した田嶋に対して選手時代の実績不足を懸念する声は私も耳にしていました。ただ、母校の筑波大学や助教授として働いた立教大学で様々な分野の研究者と触れ合えた経験から、田嶋は従来のJFAやサッカー界の枠を超えた活動の価値を理解できたので、恐らくは先方から持ちかけられたこの話を受けたのでしょう。JFAのトップが学究肌の人だったのは、東大にとっては幸運でした。

そして、もう一人は安田講堂に登場したジャンニ・インファンティーノ。

大学と協会の連携という国内完結のイベントになぜ多忙なFIFAの会長が登場するのかという私の疑問は、彼の言葉がその一部を解いてくれました。

「20年前、FIFAが初めて地元スイスのヌーシャテル大学に寄付講座を作り、マネジメントなどの研究をした時、私が第1期の職員として派遣されたのです」

なので、サッカー界が大学と提携してビジネスや法務などの幅広い情報を得る事は双方に利益(ベネフィット)をもたらす事を、法律家でもある彼は実体験していたわけです。実際、これを元にして2000年に創設された「FIFAマスター」では、歴史・法律・財務などの大学院レベルの講義を1年間かけて学びます。

まだ20代だったこの同国人を大学に送る事を決めた事務局長はゼップ・ブラッターだったのですが、彼が安田講堂の演壇に立つ姿は想像できません。人文社会科学にも及ぶ幅広い学識をサッカー界に取り込む事の重要性を肌で感じたからこそ、インファンティーノは多忙な時間を割いて東大にやってきたのでしょう。

もちろん、全てのプレーが机の上で行われるはずはありません。彼が好きなチェスでの状況に近くなるのかという質問に対し、インファンティーノの後にFIFA事務局長代理として登場したズヴォニミール・ボバンが「サッカー選手の自然のインテリジェンス(ナチュラルリソース)の方が素晴らしいと思う」と答え、笑顔のままで「人工知能(AI)の助けがなくても自分で感じることが出来るし、実際に体を動かすのは人工知能ではなく自分の身体だから」と続けたのには、クロアチア代表の司令塔を背負った自負を見ました。

ただ、そのボバンは「(自分が所属した)ACミランでもこの20年の間に医学面で大きく発展した、サッカー界と医学はお互いが必要という事を理解しないといけない」とも述べています。また、サッカースクールの中で育った自分はそんな世界を知らなかったと振り返りながら「サッカー選手の99%はプロにならない、その選手達は大学に進んでいくので、そのつながりが重要だ」とも。

大学サッカー部の影響力が欧州や南米よりも強い日本での取り組みは、FIFAにとっても参考になるのかもしれません。

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