日本代表として74試合に出場し、ワールドカップも戦った内田篤人。

清水東高校から鹿島アントラーズに進んだが、迷っていたクラブがあったそう。

内田をスカウトした鹿島の椎本邦一さんがDAZNのFOOTBALL TIMEに出演。そこで内田はこんな話をしていた。

内田篤人

「俺、新潟のスカウトの人は練習を見にきてもらった体育館裏で言った。

『すいません、僕、鹿島にします…』って言ったら、(スカウトの人は)振られたと思ったって、恋や失恋と一緒だって」

「(高3でJクラブの練習に参加したが)

7チームくらいかな、(オファーが)きていて。

最後は新潟か鹿島で迷ってました。鹿島は練習参加したら、レベルが違う。もう、レベチ!レベチでした。強かった。

(参加したBチームの練習に出場停止中だった小笠原)満男さんがいたんすよ。すげぇパス出してきて最初に。

すっごい目つきですっごい速いパス出してきて(笑)。高校生にきっついパス出してきて、覚えてますわ。

で、新潟と鹿島で迷ってて、ちょうど両チームが鹿島で試合をやる。

6-2か、7-2で鹿島が勝って(実際は7-2)、その帰りにお母さんに『俺、鹿島に決めるわ』って言って決めました」

内田はアルビレックス新潟と鹿島の二択で悩んでいたそう。

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最終的には鹿島を選んだが、新潟のスカウトが失恋したように落ち込んでいたことも覚えているようだ。