かつてガンバ大阪やヴィッセル神戸、セレッソ大阪などで長くプレーし、日本代表でも16試合に出場したMF橋本英郎が、現役引退を発表した。
特に印象深いのは長く所属したガンバ大阪時代のプレーで、遠藤保仁や二川孝広など多くの攻撃的な選手を生かすための黒子役として活躍、多くのタイトルに貢献した。
19日にパナソニックスタジアム吹田で行われた記者会見では、選手として培ってきたその役割について、後にチームメイトにもなる明神智和(現ガンバ大阪ユースコーチ)を参考にしたものだったと話した。
橋本英郎
「僕自身が伸び悩んでいた時、強化部長からも『器用貧乏』と言われていました。
お前は何ができるんだと。なんでもできるけれども、一芸がない。フィジカルも強いわけではない。では試合に出られないよと、契約の交渉の場でも言われました。
その頃、コーチをされていた堀井さん(堀井美晴氏)から『明神って選手知ってるか?あいつ何が得意か知ってるか?』と。『全然わからないです』という話をしていたら、『ポジショニングという強さがあるぞ』と言われたんです。
速さや高さ、フィジカルなど強みはいろいろあると思うんですが、ポジショニングというのも一芸として作れるぞと。
高校3年生の時に西村さん(西村昭宏氏)という監督がいて、その方にも『ボランチの楽しさはいろいろな人と連携してポジションを取ることや、面白いやろ』と言われていたんです。
明神さんのほうが身体能力は高いんですけど、体格的には僕も近い。じゃあそこを目指してどうやっていこうかと。
そこから周囲との連携を取る意識だったり、仲間の長所をどうやったら生かせるかを考えるようにして生き抜いてきました。
横にいたのはヤット(遠藤保仁)だったので、彼がやりたいことはなんなのか、彼がやりたくないのはなんなのかということを考えて、黒子役にシフトしていきました。
それができたことで2005年に優勝もできました。その翌年に明神さんが加入してきたので、西野監督からすればまだ足りてなかったのかなと思いましたけど(笑)」
なんと当時柏レイソルで台頭していた明神智和を参考にしてポジショニングを磨き、周りの選手を生かすことを徹底したためだという。