指摘へのカウンターとなる現・国立の貧弱さ

槇の指摘は、その新国立競技場で要求(プログラム)された規模や設備にも向けられます。実はこれが、今回私がこのコラムを取り上げた理由です。

まず、全部の観客席に屋根がかかった8万人収容の座席に対して、槇はこうコメントしています。

「多くの競技、例えばサッカーもラグビーも雨天でも行うスポーツであるから必ずしも全天候型である必要はない。したがってプログラムの解説にあるように、スポーツ選手以外にアーティストのパフォーマンス、またはコンサート、更には広義の文化的行為の活用をこの全天候施設に期待しているようである。」

さらにスタジアム内の観客用設備についても、槇の批判は続きます。

「また、プログラムには一見、スポーツ競技運営のためのサポート、ホスピタリティ機能に対し膨大な面積が求められているが、それはほとんど収益を生まない部分である。店舗、レストランも、要請されている規模はプログラムからは判然としないが、かなりの面積が見込まれている。」

さて、Qolyはフットボールマガジンです。当然、読者の皆さんの多くはサッカーファン、それもディープなニュースを楽しむかなりコアな方が多いでしょう。日本国内や海外のスタジアムでの観戦経験も豊富な方が多いはずです。

そんな皆さんは、「サッカーは雨天でも行うスポーツ」はともかく、「サッカーの観客は雨天でも平気な全天候型」に賛同するでしょうか?私が今まで一番試合を見たのは屋根が付いた等々力のバックスタンド2階席ですが、豪雨でも台風でも、寒さを別にすれば雪でも、快適に試合を見られました。フロンターレのコアサポーターは少しでも選手に近い所から声援を送るため、1階席で濡れながら応援していますが……今の国立では、選択の余地はありません。実際、私もフロンターレ戦以外で、3月の氷雨に打たれながら試合を見た事がありますが、観戦初心者の方や、お子さまと一緒の家族連れにはとてもおすすめできません。これは冬にビッグマッチが続くラグビーや、やはり雨でも試合がある陸上でも同じでしょう。

もう一つ、客観的資料として「J's GOAL」のアンケート結果を紹介しましょう。サッカーファン以外の方に説明しますと、これはJリーグの関連会社が運営する、Jリーグ全体の公式ファンサイトです。ここではサポーターによる「口コミ」のスタジアムガイドが「スタナビ」として紹介され、現在は2013年版が提供されています。

今シーズンの国立競技場でのJリーグ開催は10月5日のFC東京-鹿島で終了。あとはナビスコ杯の決勝と天皇杯の決勝(準決勝も?)が残っています。J1・J2合わせて87スタジアム(複数のチームが同じスタジアムを使う場合はそれぞれ別扱い)が各項目で1点から5点まで評価されるこの「スタナビ」でも、国立競技場の成績は良くありません。<表1>では国立の点数を、全スタジアム内で総合1位のベストアメニティスタジアム(ベアスタ)、関東でトップの総合3位だったフクダ電子アリーナ(フクアリ)、そして日本最大のスタジアムとして2002年W杯の決勝会場となった日産スタジアムと並べました。日産は2008年に横浜でオリンピックが開催されていた場合のメインスタジアムで、巨大な陸上競技場という点で国立との共通性があります。

<表1>各スタジアムのデータと「スタナビ」内での評価点、及び国立の順位

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<各項目の数字は10月8日現在>

国立競技場は総合順位で28位。しかし、J1の各18クラブがトップの本拠地としているスタジアムと比較すると、国立が上回るのは上の日産やFC東京の味の素スタジアムなど、6つしかありません。

国立の評価が高いのはアクセス。出口が千駄ヶ谷門のすぐ側にある都営地下鉄大江戸線の国立競技場駅に加え、JR・東京地下鉄などの4駅も1km圏内で利用できるのは非常に便利です。一方、「見やすさ」とも言える「臨場感」では球技専用スタジアムのベアスタやフクアリよりも落ちます。

そして問題は「グルメ」。87スタジアム中68位、ワースト20入りです。国立の異称は「カップラーメンスタジアム」、つまり売店のカップラーメンが最高のごちそう兼暖房なのも、サッカーファンには広く知られています。現在の国立では場内で火を使った調理が原則としてできないため、出せるメニューも冷えた弁当か保温機に入れたポテトぐらいです。この数年、日本スポーツ振興センターは業者の選定を変えて食事でのテコ入れを図り、Jリーグでも開幕前のスーパーカップ開催時に各クラブの名物グルメを集めるなどの改善に取り組んではいますが、その成果はまだまだ上がっていません。場外屋台の数も少なく、「国立で試合を見るなら、弁当は渋谷や新宿のデパ地下か、割り切って自宅近くのコンビニで」というのが一般的な観戦スタイルです。

また、そもそもスタジアムの規模に対する売店数も足りません。これは時として観客の安全すら脅かします。2003年6月21日、国立では北澤豪の引退試合が行われました。第1試合ではヴェルディの草創期を飾ったヴェルディ・オールスターズがJ・スターズと対戦する30分ハーフの試合、続く第2試合は東京ヴェルディ1969と横浜F・マリノスの通常のプレシーズンマッチでした。この模様は「Jリーグニュース」でも紹介されています。

☆「Jリーグニュース」第95号(2003年8月21日付)「北澤豪引退試合」
  http://www.j-league.or.jp/document/jnews/95/07.htm...

私はこの試合を見られましたが、梅雨の合間で強い陽射しが注ぐ中、第2試合の後半にこんな場内アナウンスが流れました。

「観客の皆様、国立競技場の売店の飲み物は全て売り切れました。今から門を開放しますので、どうか場外の売店・自販機でお買い求め下さい。再入場は自由です。」

第1試合は13時開始、気象庁によるとこの日の最高気温は都心・大手町で33.3度でした。炎天下でコンクリートの上に座席がある国立のスタンドは、普通に40度以上だったでしょう。そんな中、日陰のない場所で4時間近くの試合観戦、こまめな水分補給をしなければ危険なのに、スタジアムの中にはもう何もありません。この放送の直後、試合を見ずに外へ走る多くの観客が生まれたのは当然でした。ただ、この人達は第2試合の終盤に登場した北沢の姿を見られたのでしょうか?

これ以外でも、国立の食事サービスが問題になる試合が、もうすぐやってきます。毎年、ナビスコ杯の決勝では始発電車で自由席に向かうサポーターが並び始め、試合終了まで9時間を過ごします。今年の11月2日も、現在残っているのは4つとも関東のJ1クラブですので、満員は必至でしょう。ヤマザキナビスコ社からのオレオの差し入れがとてもありがたいのですが、これだけで朝・昼2食分は無理です。槇が否定する「豊富な売店」は、少なくともサポーターにとっては必要不可欠な設備ですし、スタジアムを軸としたスポーツ文化の育成にとってもその重要性は高いでしょう。

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