維持管理の指摘と仮設増設案の問題点

槇からの指摘として最後に、その維持に対する懸念を挙げましょう。

「この巨大で、様々な複合施設を維持していく上で必要なエネルギーの消費量、管理に必要な人件費、それらを賄う収入の見通しと、その見通しを支える将来の市場性等について、この施設運営者は都民に対して充分な説明責任があるのではないだろうか。何故ならばその可否は都民が将来支払う税に密接に関わりあっているからである。換言すれば、17日間の祭典に最も魅力的な施設は必ずしも次の50年間、都民、住民にとって理想的なものであるとは限らないからである。」

新国立競技場の負担は東京都民なのか日本国民なのかはともかく、この指摘は重要です。2002年W杯の多くのスタジアムでも、それ以外に国体用で整備された大規模スタジアムでも、各地の自治体は維持費用の捻出に苦心しています。スタジアム命名権売買の先駆けとなった日産スタジアムでも、横浜市が日産自動車から得るスポンサー料は2005年からの5年契約の年額4億7000万円が2010年からは3年契約の年1億5000万円へと激減し、2013年からも同額で3年間更新されています。この金額ではスタジアム維持費用をまかなえないはずで、しかもこれから経年変化による維持費の増加も待っています。

敷地面積で16.5ha、延床面積で約17万3000m2の日産スタジアムには鶴見川の洪水調整機能もあるので単純には比較できませんが、この2/3の場所に約1.6倍の建物を造った場合、その維持費がどうなるかは本当に分かりません。国立スポーツ施設でも味の素フィールド西が丘のように命名権販売が解禁されていますが、新国立競技場ではどうなるでしょう。そもそも、メインイベントの2020年五輪でスタジアムに企業名が認められる可能性があるようには見えません。

この解決法として、槇は仮設スタンドとの併用案を提起しています。東京五輪の開催が決定しても、「むしろこの狭小な敷地と地域の特性を考えた時には、今より大きくない方がよい。そのためには恒久施設は5.5万人を収容し、仮設のスタンドで2.5万人収容すればよいのではないか。」という主張です。これにより全席への屋根は不可能になりますが、北京五輪スタジアムの「鳥の巣」も結局はオープンスタンドになった事から、IOCの反対はないと見ています。また、これと同時に売店・イベントスペース等のホスピタリティも徹底的に整理し、五輪開催時のホスピタリティサービスは周辺駐車場の貸切で対応すれば、現時点で1300億円と試算されている建設費が「これだけでも数百億円あるいはそれ以上の削減が見込まれる。工期も短縮される。管理維持費ももちろん縮小されるだろう」と主張しています。そして、その新プランは外苑の歴史から耐震構造・施工技術に精通した「日本チーム」を設計・建設に参加させるのが希望と、槇は述べています。

ただし、これについても問題が見えます。北京の「鳥の巣」はその利用率の低さが問題になっていますが、国立の場合は現時点でも多くのイベントが開催されていますし、全席屋根にする事で防音効果が高まれば、今まで厳しく規制されてきた音楽イベントへの開放も容易になるでしょう。もっとも、槇は「次の数十年間、ロック離れが進まないという保証も全くない」と述べていますが。さらに、IOCがオープン化を容認するだろうという意見も根拠は弱く、2016年リオデジャネイロ五輪のマラカナンスタジアムは2014年W杯に向けて全席屋根付きへと改修されています。ロンドンについても槇は「当初から本設2.5 万人、仮設5.5万人のスタンドが提案されていた」としていますが、ロンドンには既にサッカー・音楽などで使われるウェンブリー(9万人)とラグビー専用のトゥウィッケナム(8万2000人)の二大スタジアムがあり、五輪後にウェストハム・ユナイテッドが移転しても8万人から6万人への小幅な縮小にとどめて利用される事も指摘しないといけません。

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