団体・企業型スポーツを前提とした東京体育館の設計

ここで疑問が一つ。槇が設計した東京体育館はどうなっているのでしょう?「JIAマガジン」の中に、槇自身の説明があります。

「東京体育館ではアクセスと見晴らしのいいところにやっと1箇所、レストランを設けることができたが、総床面積は200m2である。店舗はない。」

実際、東京体育館の公式サイトを見ると、<表2>のように紹介されています。

<表2>東京体育館のレストラン・カフェ・売店

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<出典:東京体育館公式ホームページ、ぐるなび他>

屋外広場にはレストランがあります。東京体育館は多くの国際スポーツ大会から各学校の運動会まで幅広く使われますので、こういった時のレセプションパーティーには対応できるはずですが、有料試合で入場後の一般観客は使えないでしょう。一般開放されている屋内プールの利用客には重宝するでしょうが。

残るはカフェ1つと売店3つだけです。東京体育館はスタンドに固定席が6000あり、フロアにも仮設で4000席を準備できますが、最大で1万人の観衆に対応する能力がこの4店にあるとは全く見えません。

この問題への解答は2つあるはずです。1つは、「東京体育館での試合は場内で食事をしないで済むぐらい早く終わる」。しかし、これは明らかに間違いです。例えば、10月25日から27日まで、毎年恒例の「イオンカップ2013 世界新体操クラブ選手権」が行われますが、現時点でも<表3>のような案内が日本新体操連盟の公式サイトで案内されています。

<表3>「イオンカップ2013 世界新体操クラブ選手権」のタイムスケジュール

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<出典:社団法人日本新体操連盟公式サイト・同「イオンカップ2013」紹介ページ>

初日の25日は世界各地から集まった各クラブの選手が全員演技するので、非常に長い時間の演技(試合)となります。週末の26日と27日は個人総合となり、出場選手が絞られますが、それでも演技だけで2時間半から3時間半かかります。その間、「1万人が何も食べない」というのはありえないでしょう。

すると答えは2つ目、「東京体育館での試合は観客がみな食事を持参している」、でしょう。学校の体育祭なら昼食は一括で仕出し弁当が出るでしょうし、企業スポーツの応援団でも同じですね。社員の福利厚生や関係者への接待ですから、観客は自分で食事を考える必要はありません。人によってビールとおつまみ、せいぜい軽くサンドウィッチぐらいで済むわけです。でも、もうサッカーはここには戻れません。「自分で金を出し、自分で参加するサポーター」に、その競技の運命を委ねたからです。

もちろん、槇が初めから「東京体育館はこれで十分」と考えていたかは分かりません。「JISマガジン」でも、「新東京体育館の設計に与えられた条件は、既存の施設の建蔽率、そしてその最大高さ28mを超えるものであってはならないということであった。一方新体育館は、旧体育館の観客席4,000に対し2倍の8,000席が要求され、様々な諸施設の総床面積もまた、既存施設の2倍であった。」という事を述べています。その中で槇は神宮外苑の景観に最大限配慮し、「北側に隣接する新宿御苑のこの部分に最も接したところから見た時、御苑の樹間から体育館の一部は見えても、樹木を越えてアリーナの屋根が見えてくることはない」という建築物を造りました。

これは歴史的遺産の維持には貢献しましたが、その中で試合をする人、それ以上に試合を見る人に配慮した建物になっているのでしょうか?

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