2.“自由"に縛られるディ・マリア

システムの問題や不慣れなポジション、私生活での災難はこの際お話しする気はない。

アンヘル・ディ・マリアへの批判は、彼の結果としてのパフォーマンスを見れば妥当なものだと思う。しかし、私は少し「申し訳ない」というか、やるせない気持ちを感じずにはいられない。

抜群の突破力と確かなキック、そして無尽蔵のスタミナで、彼はチームメートを“助け"続けるプレーヤーだったはずだ。クリスティアーノ・ロナウドを、リオネル・メッシを、彼らの横で働き蜂のごとく走り回り、極上のサポートでチームの勝ち点運びに貢献してきた。私はてっきりルーニーに従事するのかと思っていたが、おそらく彼はこのマンチェスターにやって来た時、莫大な年棒とともに“自由"を得たのだろう。

そして私にはディ・マリアが困っているように見えてならない。

無謀なクロスやシュートがとにかく多すぎる。あまりにも多い。ロナウドやメッシに比べれば、ルーニーやロビン・ファン・ペルシーが能力で劣るのは、致し方のないことだが、それが全てではないはずだ。

ディ・マリアは断じて“プラス1"の存在ではない。彼はチームプレーヤーであり、それは彼の最大の長所ではなかったか。

現にルーニーに気を使っていたであろう序盤戦の彼は、本来のそれに近いパフォーマンスを披露出来ていたように思う。もし序盤戦に、あのディ・マリアとともに勝ち点を順調に積めていたら…と私は考えてしまう。

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