ハリウッドスター派

そのルックスから、俳優を目指した男たち。

エリック・カントナ

マンチェスター・ユナイテッドの7番として、4度のリーグ優勝(そのうち2度は二冠)の原動力となったフォワード。襟を立て威風堂々として佇まいから「キング」と呼ばれている。一方で、規律違反も多くトラブルメイカーでもあった。

元々フランスでオセール、マルセイユなどでプレーした。マルセイユ時代から交代に不満を示しユニフォームを投げ捨てたりとトラブルが多かったが、決定的となったのは1991年。審判の判定に不満を示しボールを投げつけたカントナには3か月の出場停止処分となりカントナは我慢の限界から引退を発表した。25歳の時であった。

周囲の説得もあり1992年1月にイングランドへ移り現役復帰、同年マンチェスター・ユナイテッドへ移籍した。その後の活躍は推して知るべしだ。1996-97シーズンに4シーズン連続で二桁得点をあげながら、現役を引退。30歳のことだった。「ハリウッドを目指す」として俳優業をスタートさせ、これまで10本近い映画に出演している。

その傍ら、2005年にはビーチサッカーへ転身し2005年のワールドカップで優勝も経験している。


フランチェスコ・ココ

ミラン・プリマヴェーラ出身、3バックの左右とサイドバック、ウイングバックをこなすことから「マルディーニの後継」と呼ばれた。1999-00シーズンにレンタル先のトリノで評価をあげると2000-01シーズンにはミランへ復帰する。

ザッケローニ監督の元、1998-99左サイドのポジションで躍動し優勝の立役者だったグリエルミンピエトロからポジションを奪い、ブレイクした。翌年はバルセロナへレンタル移籍しイタリア人初のバルセロナ在籍者となった。

2002年のワールドカップにおいてイタリア代表へ選ばれると、当時日本で発売されたFIFA公認のビデオテープ(VHS)に中村俊輔と共に起用されるなど甘いマスクは実力以上に注目を浴びた。

だが、インテル移籍後、25歳を過ぎてからは毎シーズン怪我とリハビリの繰り返し。最後はブレイクを果たしたトリノへレンタル移籍したが、コンディションは戻ることなく30歳になったシーズンで引退となった。

驚いたのは「幼少の頃からの夢が2つあった。サッカー選手になるという1番目の夢は実現した。今後は2番目の夢であるハリウッドスターを目指す」と宣言したこと。だがその目標はすぐに潰えそのあとは自らの店を開いたり、テレビ中継において解説者を行っている。


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