━━モンテネグロはA代表のトップクラスは技術的に高い選手も揃っていますが、やはり、国内の二部リーグとなると、フィジカル重視のサッカースタイルでしたか?

仰る通り、ガツガツなサッカーでしたね(笑)

何人か上手い選手はいるんですが、190cmオーバーの選手がゴロゴロいて、至る所でフィジカルバトル。気付いたら、デカい選手を見ることにも慣れてました(笑)

ただ、レンタル先のチームでは急に「トップ下をやれ」と言われたので、空中戦でミスマッチが起こる回数は少なかったですね。

保有元では左サイドハーフという扱いだったものの、「トップ下でのプレー」は頭になかったので、その起用法自体には「おぉー!?」となりましたが(笑)

━━トップ下でのプレーはどうでした?

実は大分でもプロ初先発はトップ下だったんです。

いきなり、ファンボ(・カン)監督が3バックにシステムチェンジして、「2トップの分まで守備をしろ」的な役割での起用でした。すぐに先制されて4バックに戻したので、そこからは左サイドハーフでしたけどね。

なので、トップ下のイメージはなんとなくあり、そこまで苦にはなりませんでした。

後、僕の立場的に細かいことは言ってられない。試合に出続けるためには、どんな形であれ、結果を残すしかなかったので、「トップ下でも頑張る」という思いでやってましたね。

━━「東欧のクラブあるある」ですが、給料の遅延は経験されましたか?

もちろん、ありました。給料の遅延はずっとで、最後の一か月は未払いでした(笑)

僕らは一部との入れ替え戦まで進み、最初の試合に勝利したんですが、二戦目を落として昇格を果たせなかったんです。そうしたら、「昇格できなかったから、おまえらの給与はない」とクラブから言われました(笑)

今思えばあり得ない話なので、もっとクラブに反論するべきだったと思うんですが、当時の僕は無知だったので「まぁ、上がれなかったし、しょうがないか…」という心境でした(笑)

選手の皆と練習をボイコットしたりはしましたけどね(笑)