かつて神童として期待されていたフレディ・アドゥ。MLSで弱冠14歳でプロ契約を結び、16歳でアメリカ代表にデビューした逸材だった。

18歳だった2007年にベンフィカに移籍して欧州に挑戦するも、その後は泣かず飛ばずに…。

そのアドゥは『Blue Wire Podcasts』でこんな話をしていたそう。

フレディ・アドゥ

「自分のキャリアにおいて最大の過ちだったのは、ベンフィカを去ってモナコへローン移籍したことだった。

心の底からそう言えるよ。もしやり直せるなら、(2度と)しないような決断だった。

ベンフィカでは1年で3人も監督が変わった。クラブは機能不全に陥っていたので、出来るだけ早く退団して反対の方向に進みたかった。でも、最悪の決断になってしまった。

(ベンフィカには)ディマリアと同じタイミングで加入したんだ。1年目は僕のほうが彼より上だった。

自分は彼よりもいいプレーをしていたんだ。でも、僕はローンでモナコに去ることを決めた。

一方のディマリアはベンフィカに残った。で、どうなったか?

彼は後任監督のもとでプレーするチャンスを得て、スタメンを勝ちとった。そして、1,2年後にレアル・マドリーへ移籍していった。一方、僕は2つ目のチームへローンされた。

ありうるなかで最悪の決断をしてしまった。一番の後悔だよ」

アドゥと同じく2007年にベンフィカに加入したアンヘル・ディマリアは2010年にレアルへと移籍した。

なお、31歳になったアドゥはスウェーデン4部リーグでプレーしている(チームは来季の3部昇格が決定)。

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海外のファンたちは「本当にアドゥはディマリアよりよかったの?ベンフィカファンに聞きたい」、「正直、昔すぎて覚えていないな。でも、ディマリアの(最初の)2年はクソだったのでありえるね」などと反応していた。

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