井原正巳

1989年度卒

筑波大学時代に日本代表へ招集され、すぐさま主力として定着。現役時代は「アジアの壁」の異名を取った。

日本が悲願の初出場を果たした1998年のフランスワールドカップでキャプテンを務め、全試合にフル出場。クラブでは日産自動車から横浜マリノス、横浜F・マリノス、晩年にはジュビロ磐田と浦和レッズでもプレーしている。

指導者としては主に柏レイソルでキャリアを積んでおり、2022シーズンもネルシーニョ監督が負傷離脱した際に1ヶ月ほど代行監督を務めた。

中山雅史

1989年度卒

記念すべき日本代表のワールドカップ初得点者。

藤枝東高校時代はFWだったが、筑波大学では当初同期の井原とセンターバックコンビを結成。その後本来のセンターフォワードへ戻り、日本屈指のストライカーへと成長していった。

国際試合における最短ハットトリックなど記録的な活躍でジュビロ磐田の黄金時代をけん引し、2020年に引退。2023年、アスルクラロ沼津の監督に就任した。

藤田俊哉

1993年度卒

90年代から2000年代にかけて黄金時代を築いたジュビロ磐田の10番。

日本代表にはあまり縁がなかったが、2001シーズンのJリーグMVPを受賞するなど個人としても高く評価され、2003年に半年間期限付き移籍したオランダのユトレヒトでも印象的なプレーを見せた。

引退後もVVVフェンロでコーチを務めるなど欧州との繋がりを維持。2018年から4年間日本サッカー協会の欧州駐在強化部員を務めた後、2022年9月に磐田のスポーツダイレクターに就任している。