川崎であったサポーターとの出会い

――給食センターで働いている間は、年間パスを購入して鹿島を観戦していたと聞きました。お客さんの視点で得た学びはありましたか。

僕は鹿島に限らず、川崎フロンターレやガンバ大阪にも行っていたんですよ。サポーターの方々は、どれだけの想いで試合を見に来ているのか。何となく分かっていましたけど、実際に自分でやってみるのとでは違うじゃないですか。チケットを取って、電車を乗り継いでスタジアムで観戦するとか。自分で体験したくてやってみたんですよ。

だから鹿島スタジアムだったら、(自宅から)あっという間、すぐじゃないですか。でも、フロンターレに行ったときは雨の日で、最寄り駅でタクシーを待っている列がすごかった。川崎のサポーターが待っている中、僕も並んでいましたけど、「これ試合時間に間に合わないぞ」となったんですよ。

だからちょっと前の方で並んでいる川崎のユニフォームを着ている若いお兄ちゃんの近くに行って、「ちょっと一緒に乗せてよ」と言いました(笑)。同じタクシーに乗せてもらって「俺がお金払うから」と言ってね。それで一緒にスタジアムへ行ったんですよ。

そうしたら川崎のサポーターの子は、タクシーに乗ってちょっとしたときに「もしかして石井さんですか?」と気づかれて、「そうなんですけど」と言いました(笑)。

こうやって「サポーターの方がどんな感じでスタジアムに行っているのかを体験したくて一緒に乗せてもらったんだよ」と話をしたら、「僕らは年間シートを買って毎試合来ています」とね。

その子は川崎が本当に好きで「楽しいですよ。こういうのは」と話をしてもらうと、サポーターはどういう気持ちで見に行っているかが分かるじゃないですか。だからそういうことを体験したくて、やりましたね。

――その川崎サポーターさんが滅茶苦茶うらやましいです(笑)。

羨ましかったかどうかは分からないですけど(笑)。

――鹿島といえば、サポーターグループの「インファイト」の熱い応援が有名です。一緒に応援してインファイトはどうでしたか。

僕もJリーグが始まった当時から選手としていましたから、応援していただいているという気持ちはすごくありました。

それこそジーコスピリットじゃないですけど、ジーコさんは「あの人たちが自分たちの試合のチケットを買って、それがお前らの給料になっているんだから、彼らを愛さなきゃいけない。例えばサインしてくださいと言われたら、写真を撮ってくださいと言われたら、しっかり丁寧に対応しなきゃいけないんだよ」と、ずっと言われてきました。

ただただ、それを僕は実践しているだけです。だからそれはいまでもやっています。サムットプラーカーンに入ってからも、ブリーラムに行ってからも、ずっとそれは続けてやっています。

――石井さんにとってサポーター、選手を含めて鹿島はどのような存在ですか。

Jリーグの理想形を最初に実現させてくれたクラブだと思っているんですよね。だからJリーグの先頭に立って、いつまでも進んでいかなきゃいけないクラブだと思っています。クラブもサポーターもね。だからそういう存在でいなきゃいけないクラブだと思っていますね。

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次回は新天地タイでの挑戦、タイと日本の違い、そしてサムットプラカーンで流した涙など、多くのエピソードを語った。

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