今のアザールは、無理やりにドリブルを仕掛けていく選手ではない。状況を見て抜けたら抜くし、抜けないなら引き付けながら穴を探す。それが無理なら安全にパス。という思考しながらのプレーを、トップスピードに近い状態で実行出来るようになっている。
相手の選手によってドリブルを変えているのも興味深い。中盤の中央でバランスを取るダレイ・ブリントに対しては徹底して「抜く」のではなく「引き付ける」ドリブルを狙うことで、正しい場所から遠ざけようとする。
サイドバックと対峙した場合は、緩急をつけるドリブルが有効だ。センタリングのコースを作り出すだけでいいことから、シンプルなドリブルで相手を外してしまう。
そして例にも挙げたように、アタッカーと対峙することが出来るような場面になれば容赦なく抜き去る。
この場面も面白い。サイドでボールを受けて、ラファエルを背負ってボールをキープ。ディマリアが挟み込もうとしてくるが、それを利用するようにアタッカーのディマリアのところに狙いを変更。
厳しいラファエルの密着マークを逃れ、ディマリアのところから仕掛けることによって余裕を持ってプレー出来る状態を作っている。これもサイドバックではなく、守備の苦手なアタッカーを狙うという冷静なプレーだ。
ASローマのコートジボワール代表ドリブラー、ジェルビーニョを見ていても解るように、組織の中で「孤立する」ことにより自らのドリブルを生かし、相手をドリブルで引き付けることによって相手の守備におけるバランスを崩す。ジェルビーニョはASローマで、「相手のスピードで劣る選手を見つけ出す能力に優れ、そこを徹底的に突いていくようなプレーを得意とする選手」へと生まれ変わった。
アーセナルでは輝ききれなかった彼を蘇らせたのは、ポジションチェンジという1つのアイディアだ。組織の中でドリブラーに求められる役割は、より複雑になりつつある。メッシも相手を2人、3人引き付けるようなゾーンに飛び込むことで周りのマークを軽減させようという意識を持ったプレーをこなすことを得意としているように、「組織におけるドリブラーの意味」が状況やチームの特性に応じて細分化されてきているような印象だ。周りを意識したドリブルが求められ、それに連動して周りも動いていく。
サイドでボールを持てば、抜くことではなく、DFラインを押し上げるための時間を稼ぐことを求められることも多い。相手からプレッシャーを受けた時のポゼッションの安全な逃げ場所として、ドルトムントやアトレティコのように「CFへのロングボール」を選ぶことも出来るが、ローマやマンチェスター・シティのように「サイドに張ったドリブラー」を選択することも可能だ。そういった意味では、個人技だと思われやすいドリブラーにも状況を判断しながらの「組織的なドリブル」が求められてきているのだろう。
そういった意味で、アザールが大きく進化しつつある理由は、そういった「考えながらのドリブル」が増えてきているからだ。ポゼッションを助け、相手を引き付け、仕掛ける。メリハリのあるプレーで、ただでさえ切れ味の鋭いドリブルは致死性を持つようになる。
ジョゼ・モウリーニョはアンドレ・シュールレに「クリスティアーノ・ロナウドのようにエリア内に侵入しろ」とアドバイスしていたそうだが、エデン・アザールも彼の秘蔵っ子となりつつある。恐らく様々な指示を受けているだろう。
ジョゼ・モウリーニョという世界一の指揮官が求める細かく組織的な指示を守り、それを自らの物としつつある風のような青年は、鳳凰として遥かなる空に羽ばたいていくのかもしれない。彼は、「鳳凰鳴けり、彼の高き岡に」という詩経の一節のように、プレミアリーグの最も高い場所で鳴くことが出来るだろうか。