4位:リチャード・ヴィチュヘ
ヨハン・クライフ監督が率いていた90年代前半の「ドリーム・チーム」でプレーしたヴィチュヘ。彼はタイトルに恵まれた選手であったが、バルセロナでは難しい時間を過ごした。
ミカエル・ラウドルップやフリスト・ストイチコフ、ロナルト・クーマンを備えたバルセロナには外国人枠の空きがなく、実力面だけではなくルールの面でも貧乏くじを引いた。
3位:ウィンストン・ボハルデ
負傷がボハルデの活躍するチャンスを奪ったことは間違いない。ミランから1998年1月にバルセロナへとやってきたとき、後半戦だけで19試合に出場した。ところがその次のシーズンは1試合のみしかプレーできず。
1999-2000シーズンには再び出番を得るも、マリオ・メルヒオットの誘いで加入したチェルシーで大失敗。加入数週間後にラニエリ監督から戦力外通告を受けるも、高額の給与を貰っていると公言し、チームを離れることを拒否した。そのため今でもプレミア最悪クラスの補強だったと言われている。