松井大輔

1981年5月11日生まれ

もしかしたら日本代表において、比喩ではなく本当に「ファンタジスタ」と呼ばれた初めての選手だったかもしれない。それほど松井大輔のプレーはアイディアに溢れていた。

2000年にプロ入りした京都パープルサンガ(当時)で1年目から22試合に出場すると、2年目には10番に指名。3年目の2002シーズン、朴智星や黒部光昭らとともに天皇杯でクラブ初タイトルを獲得した。

2004年に移籍したフランスのル・マンで鮮烈なパフォーマンスを見せ、「ル・マンの太陽」と呼ばれる存在に。日本代表にも定着し、2010年の南アフリカワールドカップでは1トップの本田圭佑をハードワークで支えた。

その後はロシアやブルガリア、ポーランド、さらには東南アジアなど様々な国でプレー。近年はJ3のY.S.C.C.横浜でサッカーとフットサルの“二刀流”を成し遂げている。