ハディド案とJSCの「根源的」問題

昨年10月のコラムの続編でまず書いておこうと思ったのは、そもそものザハ・ハディド案に対する私の意見です。

結論を先に言えば、修正前のデザインなら絶対に反対でした。

この問題に詳しくない人にあの原案を称賛する状況を仮定して作ったのがこの文面です。

「ハディドの案は、女性ならではの感性を存分に生かしたデザインになっている。膜構造で作られた屋根には、平行する二本のラインの外側に膨らみを帯びた長円形の開閉部分が作られ、その中央からは天然芝のフィールドが顔をのぞかせる。ここで繰り広げられるスペクタクルなプレイに観客が歓喜の声を上げる。これは、スポーツや芸術を人間の生命活動の根源と見なし、『祝祭の場』である競技場の構造自体をそれと一体化させる壮大な発想の具現化かもしれない。スタジアム長辺の先の一方には連絡通路が延び、その細長いフォルムをさらに強調させる」

……しかし、こう表現せざるを得ない時点で、このデザインは不適当です。計画見直し論の中にある「都心にはそぐわないが湾岸ならOK」という問題ではありません。少なくとも、心ない人達からの「汚い悪口」は避けられないでしょう。建築家の独断のせいで不毛な論争がこれ以上巻き起こされるのは、本当に耐えられません。

この点では、槇らが指摘した「外観パースは1枚だけで決定した」コンペのずさんさが明らかになったでしょう。ハディドが自ら紹介した表彰式でのムービーを見るまで、私の危機感もかすかな疑念から進む事はありませんでした。

新国立競技場公式サイト提供:
ザハ・ハディド氏「新国立競技場デザイン・コンクール表彰式プレゼンテーション」

その意味では、冗長な外周通路を削除してシンプルになった現行の修正案は、まだ許容範囲に近づいていると思います。

ただし長円形でいいのなら、ハディドの修正ではなく、初めから次点案(優秀賞)にすれば良かったのです。こちらはオーストラリアのコックス・アーキテクチャー社が提出した、アラステル・レイ・リチャードソンの設計案でした。選考結果を紹介した同社のサイトでは、委員長だった安藤忠雄の他、ノーマン・フォスターやリチャード・ロジャースから強く称賛されたとしています。既に70代後半、実際には来日しなかったこのイギリス人2人が議論に直接参加していたら、結論は変わったのかもしれません。

JSC公式サイト 新国立競技場国際コンペティション・優秀賞紹介ページ
http://www.jpnsport.go.jp/newstadium/Portals/0/NNS...
コックス・アーキテクチャー社公式サイト
http://www.coxarchitecture.com.au

これに限らず、JSC自体に多くの問題がある事も確かです。

JSCはスポーツ振興くじ「toto」も運営しますが、以前は大幅赤字なのに文部科学省から天下りした理事長が怠けていると非難されました。2011年からの理事長はスポーツ医学の専門家で日本オリンピック委員会(JOC)委員だった河野一郎ですが、2012年3月に発足した「将来構想有識者会議」は元文科省事務次官の佐藤禎一が委員長で、その透明性の低さは改善されていません。

新国立競技場の採算性にも疑問が持たれています。2013年11月29日、自由民主党の行政改革推進本部・無駄撲滅プロジェクトチーム(PT)が文科省で行ったヒアリングでは「収入45億円/支出35億円」という収支見通しでしたが、「文化イベント12日の中にあるコンサート収入の10億円で黒字化、ただし詳細は後日」。

続く12月20日には「サッカー20日、ラグビー5日、陸上11日、文化イベント12日」の上で、「売上60億円/経常利益4億円、ただし原価償却費は除く」というランニングコストが出されたものの、費用総額については27日、予算原案編成後の再ヒアリングへと再び先送りされ、PTメンバーの怒りを買いました。

この河野太郎らのPTは自民党が2009年総選挙で大敗して下野する前の同年6月にも、toto収益の利用をめぐってJSCを厳しく批判しています。そして2000年から2005年までは経営危機にあった湘南ベルマーレの会長で、現在でも「湘南ベルマーレスポーツ評議会」の会長として、地域スポーツ文化の発展に関わっています。

河野太郎公式ブログ「ごまめの歯ぎしり」

2013年12月20日付「新国立競技場と年金保険料の強制徴収」
http://www.taro.org/2013/12/post-1428.php
2013年11月29日付「ずさんな新国立競技場」
http://www.taro.org/2013/11/post-1423.php
2009年6月8日付「文科省天下り法人棚卸し」
http://www.taro.org/2009/06/post-570.php

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